おとなのための絵本シリーズ

貴族の跡継ぎに生まれて

貴族の跡継ぎに生まれて(本文)

凍えるような冬の夜、アンリは生まれました。 しかし、彼を抱き上げたのは実の母ではありませんでした。侯爵ヴォルフラムの正妻アデルハイトは、冷たい視線で赤子を見つめ、その小さな命が夫の過ちの証であるかのように感じていたのです。
 
アンリの幼少期は、広大な屋敷の中で常に孤独でした。父ヴォルフラムは政務に忙しく、母アデルハイトは彼に愛情を注ぐことはありませんでした。姉のジゼルもまた、彼を弟として認識しているのかすら疑わしいほど無関心だったのです。彼は、家族という名の檻の中で、自分だけが透明な存在であるかのように感じていました。
 
20代になったアンリは、貴族の義務として夜な夜な開かれる華やかな舞踏会に参加しました。きらびやかな衣装、甘い音楽、そして空虚な会話。彼はその全てにうんざりしながらも、社交の場では愛想笑いを浮かべていたのです。
 
内心では貴族という存在そのものに嫌悪感を抱いていましたが、彼自身もまたその特権に甘んじ、この腐敗した世界の片隅で生きていました。与えられた立場から逃れる術を持たず、ただ流されるままに日々を過ごしていたのです。
 
ある日、屋敷に不穏な空気が漂いました。父ヴォルフラムが、国家に対する反逆の容疑で兵士たちに連行されたのです。屋敷中に響き渡る怒号と、母アデルハイトの悲鳴。アンリはただ立ち尽くすことしかできませんでした。
 
混乱の中、アンリ自身もまた拘束されました。彼は何が起こっているのか理解できませんでした。「私は何もしていません!私は何も悪くありません!」と叫びましたが、兵士たちは冷たく彼の手を縛り、薄暗い牢獄へと押し込んだのです。
 
冷たい石の床に座り込み、アンリは絶望に打ちひしがれました。なぜ自分がこんな目に遭うのか。父の罪が自分に降りかかるのか。家族の中で常に傍観者だった自分が、なぜ今、この運命に巻き込まれているのか。彼は問い続けました。
 
数日後、アンリは引きずられるようにして公開処刑場へと連れて行かれました。群衆のざわめき、冷たい視線。彼は最後まで、自分がなぜ処刑されなければならないのか、その理由を理解できませんでした。首にかけられた縄が締めつけられ、アンリの意識は遠のきました。彼の胸には、拭いきれない無念と、答えの見つからない問いだけが残されていました。
 
【アンリの魂の気づき】
アンリの人生は、まるで誰かに敷かれたレールの上を、ただひたすらに進む旅のようでした。彼は自分の意志で何かを選び取ることも、心から情熱を燃やすこともありませんでした。与えられた環境の中で、ただ流されるままに生きてきたのです。
ひとつの人生を終えて彼は気づきました。もっと自分の心の声に耳を傾けていたら。もっと自分らしさを発揮できていたら。恐れずに一歩を踏み出していたら……。
今度の人生は、自分の情熱を燃やして生きよう。好きなように自由に生きよう。自分らしく生きよう。傍観者でなく、自分が主体となって生きよう。