こんにちは、カノンです。

以前見て、とても印象に残ったドキュメンタリー番組があります。

海外の一流指導者が、日本の中学生の子供たちに1週間だけスポーツのレッスンを行い、技術だけでなく心の変化も呼び起こす、というもの。

子供の能力を引き出すには

私はこの番組を見て、日本の教育は、子供たちの能力をぜんぜんうまく引き出せていないのでは?と感じました。

スポーツのレッスンなので仕方ないのかもしれませんが、日本の教育では、勝ち負けにこだわりすぎていたり、テクニカルな練習ばかりにフォーカスしていて、本来子供たちが持っている創造的な力や、好きだからそのスポーツをしているのだ、という感覚を奪ってしまっているように感じるのです。

その番組では、どの海外の指導者も「楽しんでスポーツに向き合ってもらいたい」ということと、「スポーツを通して、自分自身で考える能力を身につけていってもらいたい」ということを必ず言っていました。

実際、1週間のレッスンを通して、中学生の子供たちは楽しみながら、でも、試合のときには自分でちゃんと考えてプレーするようになっていくのです。

それまでは、惰性で練習していたような感じの子供たちが、心から「楽しい。もっとうまくなりたい」と言うようになるのです。

日本の教育を批判するわけではないのですが、スポーツに限らず勉強においても、ただただ暗記したり、テストで良い点数を取るための対策問題をたくさん解いたりとか、それに終始しているなぁと思うのです。

もっと創造性を伸ばすような、個性を伸ばすような、そんな教育ができたなら、日本の社会はもっと活気が出るかもしれませんね。

他人と自分を比較しなくていい

ドキュメンタリー番組の中で、特に印象に残っているエピソードがあります。

ある学校の部活では、部員を実力順に順位づけしていました。

上位にランクされた子は練習にも熱が入っている一方で、最下位あたりにランクづけされていた子は、いつも後輩たちに混じって練習をしていました。

その子はとても笑顔がかわいらしく、自分の立場も理解していて、「自分はみんなほどの実力はないから・・・」と穏やかにその状況を受け入れているように見えました。

でも、指導にやってきた海外のあるコーチが、その子に話しかけるのです。
「他の子と自分を比較しなくていいんだよ。自分の持っている力を出し切ってごらん」って。

そうすると、その後の練習では、まるで水を得た魚のように、素晴らしいプレーを披露するのです。

それを見て、まわりの先生や同級生たちは驚いて賞賛するのですが、それってなんか違うなって思ったのです。
なんでもっと早く、その子の能力を引き出してあげられなかったんだろう、って。

枠にはめてしまうと力が出せない

まわりの先生や同級生たちは、「あの子の順位は一番下だから」という枠にはめて見てしまっていたんですね。
だから、彼が本来持っている力に気づきもしないし、引き出そうともしない。

そしてその子自身も、「自分の実力は低いのだ」という枠に自分をはめて、それで良しとしてしまっている。
でも本当は、素晴らしい実力を持っているし、まわりからの自分の扱いに心を痛めていたのではないかと思うのです。

こんなふうに枠にはめてしまうのって、私たちから力を奪ってしまうことなのです。
しかも「順位づけ」という枠は、本当に、害にしかならないと思います。

枠からはみだして、限界を超えていこう

このような教育に限らず、自分自身のことを「私はこんな人だから」と、枠にはめてしまうことがありますね。

でもそれは、自分で自分の限界を決めて、あらゆる可能性を放棄していることに他なりません。
自分自身を枠にはめてしまった瞬間、そこから成長はなくなってしまいます。

同じように、誰かのことを「あの人はこんな人だから」と枠にはめて見てしまうこともあるでしょう。
これも、その人がいくら潜在的な可能性を持っていようとも、いくら変わろうとも、それに気づけなくなってしまうのです。

特に、親(大人)が子供を枠にはめて見てしまうのは、その子供の可能性を奪うことになってしまうので、注意が必要ですね。

先ほどの子は、コーチのたった一言で、枠から解放されました。
その生き生きとした姿を思い出すと、今でも胸が熱くなります。

本来私たちは、あらゆる可能性と能力を持っているのです。
どんな自分にもなれるし、どんなことも出来るのです。
限界を決めているのは、他ならぬ自分自身。

枠からはみだして、創造性を発揮して、限界を超えていきましょうね:D

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