こんにちは、カノンです。

私たちは多かれ少なかれ、成長する段階において、心に傷を負っています。

明確になんらかの出来事があった場合は、自覚しやすいかもしれませんね。

ですが、これといって思い当たるようなフシがないなぁ、という場合、自分の傷に無自覚になっているのかもしれません。

「いい子ちゃん」はまわりにとっての「いい子ちゃん」

必ずなにか傷や問題があるはずだ!と言いたいのではなくて、一見なにも問題がなさそうな環境にあったとしても、私たちの心はいろいろなことを感じているのだ、ということ。

そしてこれはむしろ、自分は何不自由なく育ってきたし、順調に人生を歩んできた、と思える場合に、実は問題が隠れていたりするのです。

特に、とても「いい子ちゃん」で、親やまわりの期待に応えて生きてきた場合。

小さい頃から親や先生の言うことをよく聞いて、お手伝いも勉強もよく頑張って、良い成績をとって、学歴も申し分なくて、ちゃんと就職もして、いわゆる適齢期に結婚して・・・というような、絵に描いたような「いい子ちゃん人生」を歩んできた場合などに、本人の潜在意識の中には、問題が眠っていたりするのです。

「いい子ちゃん」とは、親やまわりの大人たちにとって「いい子ちゃん」なわけであって、当人にとっては本当に「いい子」なのでしょうか?

「いい子ちゃん」はやめられなくなる

「いい子ちゃん」は、おそらくとても感受性が豊かで気持ちの優しい子なんですね。

自分がこれを言ったら、これをしたら、親やまわりの人が困ってしまうだろう、悲しむだろう、ということが想像できてしまうのですね。

誰かを悲しませるぐらいなら、自分が少し我慢すればいいのだ、という自己犠牲的な精神で、自分の気持ちを押し殺していくわけです。

自分の気持ちや考えよりも、まわりの誰かの気持ちや考えを優先させることで、その場をうまくやり過ごすことができるわけですね。

小さい頃にこれをやってしまうと、まわりは「いい子ちゃん」であることを期待して、そのように扱ってくるでしょう。
そして自分自身も、「いい子ちゃん」でいることで、まわりが喜んでくれるのならそれでもいいか、と、それが本当の自分であるかのように振る舞っていくのです。

「あんまりやりたくないことでも、我慢してやろう」
「ちょっとぐらいツラくても、我慢してやろう」

そうしているうちに、「ちょっとぐらい」でなくて、「とてもイヤだ」とか「かなりツラい」というときにでさえ、それを我慢したり感じないようにしたりしてしまうようになるのです。

心が悲鳴をあげると身体に症状がでることも

これでずっといければいいですが、そうもいかなくなったりします。
だって、本当の自分の気持ちを無視して生きているわけなので。

それって、本当の自分を生きている、とは言えないですよね?
誰かの期待に応えるだけの人生は、自分の人生とは言えないのです。

顕在意識(頭)では、それが当たり前で、それでいいのだ、と思っていたとしても、潜在意識(心)は実は悲鳴を上げていたりするのです。

「もう無理。ホントはこんなことやりたくない!なんで私ばっかり我慢しなくちゃならないの!」ってね。

そうなるとどうなるのか。
身体に症状として出たりします。
それこそ、そのまま放っておいたら、深刻な事態になりかねないような部位に症状が出たりすることも。。

身体は正直なんですね。
「イヤだ」という気持ちは、どこかに流れてなくなっているのではなくて、実は自分の身体にどんどん溜まっていっているのです。
そして限界を迎えると、病気として私たちにメッセージを送ってくるのです。

「自分を大事にして!自分の気持ちに気づいて!自分に正直に生きて!」と。

自分にとっての「いい子ちゃん」になろう

よく、大病を境にして人生観が変わった、というような人の話があったりしますが、あれはまさにこのパターンですね。

そのぐらいガツンと来ないと、私たちは気づけないこともあるのです。

これは脅しているわけではなくて、病気も立派なメッセージであり、むやみに恐れるだけではもったいないということ。
病気は、私たちの心が発する重要なメッセージを伝えてくれているのです。

そして私たちの肉体は、私たちが心で感じたことを限界まで受け止めてくれている、本当にありがたい器なんですね。

だから、肉体のためにも、いつも心が元気で健康であることがとても大事です。

そのためには、自分の心を無視しないこと。
心で感じたことは、素直に受け止めて、それに従うこと。
いつも心がハッピーでいられるような状態にしてあげること。

そのためには、自分にとっての「いい子ちゃん」になってくださいね。
まずは「自分」です。
自分を最優先にしていいのです。
自分のご機嫌をいつもとってあげてくださいね。

自分を大事にすることができるようになれば、本当の意味で、まわりの人のことも尊重できるようになるはずです。

まわりの期待に応えるのは、自分が「期待に応えたい」と心から思った時だけでOKなんですよ:)

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